東京高等裁判所 昭和30年(う)453号 判決
被告人 田中稔
〔抄 録〕
本件記録編綴の前科調書(第三〇三丁)の記載によれば、被告人は昭和二十九年二月十九日墨田簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年、三年間執行猶予の判決を受け、右裁判は同年三月六日確定したことが認められるから、本件事案はいずれも前記確定裁判を受けた罪と刑法第四十五条後段の併合罪(いわゆる余罪)の関係にあることが明らかである。原判決の法令適用の判示は簡に過ぎ、その判文全部を通読しても、本件事案について執行猶予を言渡した根拠は必ずしも明白であるとはいえないけれども、原判決を一件記録と対照して検討すると、原判決の趣旨とするところは、もし本件事案がさきに確定裁判を受けた罪と同時に起訴され審判を受けていたならば、一括して執行猶予の言渡をするに相当な事案であると認定して、昭和二十八年六月十日最高裁判所大法廷判決の趣旨に則り、刑法第二十五条第一項に基いて執行猶予の言渡をしたものであることが窺われるが、本件の罪質、犯罪の動機態様、被害の程度、本件犯行後における被告人の行状、家庭の状況、その他諸般の事情を考慮すると、右認定は必ずしも不当であるとは認め難いから、原裁判所が本件事案について、刑法第二十五条第一項に基いて執行猶予の言渡をしたのは相当であり、従つてこれに附随して被告人を保護観察に附する旨の言渡をしなかつたのは当然である。所論は前記最高裁判所判例は、その後に改正新設された刑法第二十五条第二項その他の施行によつて、もはや適用の余地がなくなり、「再度の執行猶予」の言渡には常に刑法第二十五条第二項を適用すべきであると主張するが、本件事案のように、さきに確定裁判を受けた罪と同時に審判されていたならば一括して執行猶予を受け得たであろうと認められる特殊の場合は、刑の上では第二回目の執行猶予ではあるが、実質的には初犯について執行猶予を言渡すのと異るところがないというべきであつて、いわゆる「再度の執行猶予」の観念には包含されないと解するのを相当とするばかりでなく、(イ)数個の軽微な余罪が時を異りて次々と起訴された場合、(ロ)刑法第二十五条第二項に該当する再度の執行猶予言渡後に、最初に執行猶予の裁判を受けた罪と余罪の関係にある軽い罪について起訴された場合、(ハ)確定裁判を受けた罪と余罪の関係にある罪と、確定裁判後に犯した罪とが同時に起訴され、いずれも軽微な場合などの処断を考えると、刑法第四十五条後段の併合罪について、さきに確定裁判を受けた罪と同時に審判を受ける場合と、然らざる場合との間の不均衡は所論の刑法改正によつては毫も是正することができないから、その不合理不公正の解決を目的とした前掲最高裁判所の判例は今日においてもなおその存在意義を有するものといわなければならない。要するに、本件事案のように、さきに確定裁判を受けた罪と同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろうと認められる特殊の場合に、その罪(即ち余罪)について執行猶予を言渡すには、刑法第二十五条第一項に準拠すべきものであつて、同条第二項を適用すべきものではないと解するのを相当とするから、右と同趣旨に出でた原判決の法令の適用は正当であつて、論旨は理由がない。